上賀茂神社の酒中花、大田神社のカキツバタ

 葵祭間近の5月上旬、上賀茂神社から社家町をそぞろ歩き、大田神社カキツバタを見てまいりました。

 今回の椿探訪としては、上賀茂神社の「憩いの庭」くらいでしたが、久々の社家町散策を楽しんでまいりました。

1 上賀茂神社「憩いの庭」の椿

 上賀茂神社の祭神は、「賀茂別雷神」で、もともとは水を司る神として、界隈を流れる明神川を守ったきた、古来の豪族賀茂氏氏神でしたが、平安遷都に際して、みやこの守り神として朝廷からも厚く敬われるようになり、神社としては伊勢神宮に次ぐ格式へと上がり、現在も、世界遺産として超メジャーな存在となっています。

 境内では、東西に流れる二本の小川が合流し、藤原家隆に「風そよぐ ならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」と詠われた「ならの小川」が清らかに流れています。

 境内の北にある、「賀茂別雷神」が降臨した「神山」を源とする水は、豊富で質がよく、この水は、境内を流れ出ると、「明神川」の名で東へと流路を変えて、社家町の家々に引き入れられ、また、明神川へと戻り、神領であった田畑を潤し続けており、今も、賀茂ナスやすぐきなどの京ブランド野菜を育んでいます。

 さて、境内の一角に、「憩いの庭」という広場があり、由緒ある湧水でいれた珈琲を野外でも楽しめるというスペースとなっておりますが、ここに、椿がいくつか植えられています。

 「錦蓑」です。

別名「絞唐子」鳥取県ホームページより引用

 「絞椿」。絞りの椿は多数ありますので、この名だけではわかりませんね。

 「清緋」。大神楽ですね。「石橋」ともいいます。

 「古錦襴」です。

 

埼玉県花と緑の振興センターホームページより引用

 椿も咲き終わっている時期でしたが、唯一一輪だけ「酒中花」が最後の可憐な姿を見せてくれました。

2 「社家町」を歩く

 上賀茂神社を出て、明神川沿いに風情あるお屋敷が連なる社家町を歩いていきます。

 しばらくすると、大きなクスノキが目に入ります。この樹齢五〇〇年と言われるクスノキをご神木に祠を構えているのが「藤木神社」です。

 ちょうど、社家の一つ「梅辻家」が特別公開を行っていたので、のぞいてまいりました。正直、派手派手しいところはないので、建築史や考古学の素養の深い人でないと、私のように、猫に小判状態になってしまうかもしれません。

 江戸時代、上賀茂神社は毎年四月、幕府に葵草を献上する慣わしがあり、社司と氏人による「葵使」7名の一行が、鉢植えを11日間かけて運び、江戸城で将軍の謁見を受けたそうです。

 この後、一行は、江戸の大名屋敷や大富豪の店を訪れ、お札の販売や賀茂競馬のための寄付金を集めに回ったということで、結構気苦労の多い役目だったというエピソードが面白かったですね。

3 大田神社カキツバタ

 藤ノ木通り(上賀茂本通り)をもう少し東に進んで、北へ折れて山手に行くと、大田神社が見えてきます。

 この神社は、国の天然記念物に指定されているカキツバタの群落が有名です。

 藤原俊成が「神山や 大田の沢のかきつばた ふかきたのみは色にみゆらむ」と詠った、平安の世から愛でられてきた光景です。

 この沢は、京都盆地に湖が広がっていた間氷期の時代の名残りの沢とされており、もう少し東にある「深泥池」と同じくらいに古いものだそうです。

 青い紫の花が一面に咲いていましたが、シャープな色合いと葉型は、美しくも凛々しさを感じさせるものでした。

 参道脇の溝から、しきりと蛙の鳴き声が聞こえていました。この蛙は「タゴカエル」といい、溝をのぞくと、すぐそばにいるような大きなくぐもった声が聞こえるのですが、本当に一匹も姿を見ることができませんでした。

 こうして、あらためて上賀茂を歩いてみると、「ならの小川」「明神川」「大田の沢」と、豊かな水が風景と暮らしに息づいており、この水を大切にすることを通じて、上賀茂の人々は、自然と神様を身近に感じているのだろうなあと、そんな気持ちになりました。