久御山町「雙栗神社」の椿林と黒椿

 京都市伏見区南部の淀・向島から久御山町にかけては、山城盆地の底にあたり、かつては、桂川宇治川、木津川の三河川が合流し、流域が網の目状に分岐する低湿地帯が広がり、800ヘクタールにも及んだ遊水池「巨椋池」が存在しました。

 この地域は、時代を遡ると、豊臣秀吉による大規模な築堤工事から始まり、明治から昭和の初めにかけて、治水、衛生、農業振興のための改造、開発が行われ、昭和16年には池の干拓が完了し、今では田園や工場地へと姿を変えています。

 京滋バイパス久御山ジャンクションから東の「巨椋IC」付近は、一面、平坦で広大な田地が広がり、巨椋池の在りし姿を想像させます。

 久御山町は、昭和29年に、池の西側に位置した御牧村と、南側の佐山村が合併して誕生しました。佐山地域は、弥生時代の遺物が出土するなど、早くから農耕が営まれ、平安時代後期以降、水上交通が発展すると、物資流通の拠点の一つとして、経済的に力を蓄えるようになったと考えられています。

 佐山地域の中心に鎮座する雙栗神社の周辺には、今でも多くの寺が残り、藤原時代から鎌倉時代にかけて、薬師如来坐像をはじめとする幾体もの半丈六(四尺)仏が集中して造られるなど、財力を背景に、文化的にも開けた土地であったことがうかがわれます。

 この雙栗神社の社叢には、藪椿の群林が見られるとともに、なかでも、「黒椿」と呼ばれる濃紫色の椿があると知り、探訪に出かけてまいりました。

1 雙栗神社の鮮やかな本殿

 雙栗神社は、延長5年(927年)にまとめられた全国の神社一覧である「延喜式神名帳」に載る古い社で、天安2年(858年)から仁和3年(887年)までの三代にわたる天皇の時代の国史である「三代実録」の貞観元年(859年)の条に見える「雙栗神」であると考えられています。

 ところで、久御山町には、町域外にぽつんと数キロ離れた、飛び地ファン?に知られる場所があります。

 そこは、宇治市と宇治田原町にまたがる山間地にある「三郷山」で、古来、雙栗神社の宮地として、佐山地域の佐古、佐山、林の三郷が共有管理してきました。

 一方、宇治田原町には、雙栗天神社という古社があり、田原郷の氏神が降臨されたという岩山を祀って鎮座していますが、三郷山は、この岩山にほど近く、氏神さまが「雙栗神」であるとすれば、佐山三郷のルーツは、田原郷ではないかと言われています。

 飛び地の謎解きというのも、なかなか面白いですね。

 中世以降は、石清水八幡宮の分霊を祀り、椏本(あてもと)一品八幡宮と呼ばれ、5つの神宮寺が設置されましたが、明治の神仏分離廃仏毀釈の流れの中で、神宮寺は廃止され、雙栗神社の名称に戻りました。

 境内は、L字を倒した形で、西の大鳥居から長い参道が続き、90度に北に折れて、本殿へと向かいます。

 神社を囲むように、府営東佐山団地やUR久御山団地が建ち並んでいるので、神社の西の入口を見つけるのに少し迷うかもしれません。

 誰もいない静かな参道からは、古色蒼然としたお社をイメージしていましたが、目の前に鮮やかな彩色と彫刻に飾られた朱塗りの本殿が現れて、少し驚きました。

 

 室町時代末、明応3年(1494年)頃のもので、重要文化財指定を受けていますが、昭和55~56年にかけて塗替えと根の葺替えが行われ、令和4年度には、再塗替えと金具工事などが施されたばかりなので、往時の荘厳できらびやかな姿を見ることができます。

2 藪椿の群林と黒椿

 この本殿の周りを中心に、多くの椿が林立しており、紅い花を咲かせ、落ち椿が地面を染めています。本殿の朱色が色移りしたようです。

 

 椿たちは、自然のままに育っているので、高木となり、相当の巨樹になっているものも多くあります。

 あいにくの雨でしたが、椿の木肌が濡れると、独特の質感が一層味わい深く感じられましたね。

  

 お目当ての「黒椿」は、本殿裏に立っています。

 思ったよりも細い椿でしたが、ちゃんと表示柱があるので、すぐにわかりました。

 高く伸びている先に数輪咲いているようでしたが、かなり遠目だったので、花形と色合いを間近に見ることはできませんでした。八重咲の黒椿なのか、藪椿の中でも色の濃い選抜種なのかどちらなのでしょうか。

 そばの椿にも、濃い花色をしているものを見かけました。

3 椿と大クスノキ

 社叢にひときわ高く聳え立つのが、御神木のクスノキです。

 樹高30m、幹回り535センチもある巨木で、樹齢は400~500年と推定されています。

 根元には小さなお稲荷さんの祠が祀られています。

 クスノキの巨樹といえば、太い根が地表を這い、凹凸に富む幹というイメージですが、このクスノキは、すっと真っ直ぐな立ち姿が非常に美しいですね。

 「京都の自然200選」(植物部門)に選ばれ、町の天然記念物に指定されています。

 境内に群れて生える椿は、ほとんどが藪椿で、濃い緑に、紅い花が灯のようにうつります。藪椿といっても、色の濃淡、形や大きさも異なり、椿好きには楽しみの多いスポットでおすすめです。

 雙栗神社の近くには、洛南の椿寺として知られる「浄安寺」もあります。

 八幡市の椿名所も含めての椿巡りツアーを組んではいかがでしょうか。